山田辰のつなぎ服が活躍する現場を追う『GREAT WORKERS』。第7回目は、国内外のモータースポーツファンから愛される『鈴鹿サーキット』。レースの運営に情熱を傾ける、『GREAT WORKERS』に会いにいきました。

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日本が誇るモータースポーツの聖地、鈴鹿サーキット。その誕生は、高度経済成長期の熱気に包まれた1962年に遡る。当時、日本の街には徐々に自動車が増え始め、多くの人々にとって車はまだ憧れの象徴だった。そんな時代に、日本初の国際規格を満たす本格的なサーキットとして誕生した鈴鹿サーキットは、国内外から熱い注目を集めた。

鈴鹿サーキットの象徴とも言えるのが、“8の字の立体交差構造”を持つコースレイアウト。この世界的にも珍しいデザインは、高度な技術と戦略を求められる難関コースとして知られ、挑む者の技量を極限まで試す挑戦の場だ。現在も、『F1日本グランプリ』や『鈴鹿8耐(鈴鹿8時間耐久ロードレース)』、『スーパーフォーミュラ』など、ビッグレースの舞台となり、世界中のトップドライバーやトップライダーたちがしのぎを削っている。
山田辰のつなぎ服は、半世紀にわたり、レースの安全を守るオフィシャルスタッフの公式ユニフォームとして活躍している。

レース運営に欠かせない存在、それが「オフィシャル」と呼ばれる運営スタッフたちだ。彼らの役割は、トラックサイドに設置されたオブザベーションポスト(以降ポスト)でのフラッグ提示、シグナル操作、レスキュー対応、事務作業など多岐にわたる。

現在、鈴鹿サーキットには約600名のボランティアオフィシャルが登録しており、毎レースには300〜500名が集結する。オフィシャルの役割は「コース」「パドック」「レスキュー」「車検・技術」「計時」「事務局」の6つのセクションに分かれ、それぞれが責任を持って任務を遂行している。その活動は、レースの安全性と公平性を左右する極めて重要なもの。旗を振り、コースを監視し、事故対応にあたる――どの瞬間にも判断力と迅速な行動が求められる。決して軽くはない負担が伴う活動だが、彼らの根底には、モータースポーツへの深い愛情と強い献身がある。その想いがあるからこそ、鈴鹿サーキットのレースは守られ、世界に誇る安全な舞台が築かれている。

鈴鹿サーキットを運営するホンダモビリティランド株式会社で、保安救急やコース管理を担当する水谷さん。レース中に発生するさまざまなアクシデントに対し、瞬時の判断と冷静な対応が求められる現場で日々奮闘している。「入社当初は保安救急の業務がメインでした。コース脇で待機していると、目の前のフェンスにバイクや車のパーツが飛んでくることもあって、最初は恐怖でパニックになることもありましたね。でも経験を重ねるうちに、選手を助けるという使命感が強くなり、自然と冷静に動けるようになりました」。

現在は、保安救急に加え、コントロールルームでシグナル操作やデジタルフラッグの操作も担当。時間管理やコース状況のサポートを行う重要な役割だ。「毎回違う状況に対応するので、毎日新しい仕事をしているような感覚です。でもその分、経験を積み重ねていくことで自分自身の成長を感じられる。この仕事に大きなやりがいを感じています」。

日々変わる現場の中で、選手の安全を守り、レースを支える――。その一瞬一瞬の判断に、水谷さんの冷静な情熱が込められている。

水谷さんは、休日もドライブや車の整備を楽しむほどの車好き。その時に欠かせないアイテムが“つなぎ服”だという。「つなぎって、車やバイクに似合うファッションだと思うんです。なにより、つなぎそのものがかっこいい。プライベートでもずっと着て歩きたいぐらい、つなぎには愛着がありますね(笑)」と、水谷さんは笑顔で語る。山田辰のつなぎ服について尋ねると、その率直な感想が返ってきた。「体にフィットしているのに、動きを邪魔しない。つっかえる感じがないんです。いわゆる“つなぎ”っていうイメージを超えた着心地の良さがありますね。さらに、汗をかいても生地がベタつかないので、他のつなぎ服とは違う快適さがあるんです」。使い方にもこだわりがある。「夏はLサイズでピシッと着こなし、冬はLLサイズで中にスウェットやフリースを着込んで防寒します。休憩中は上着を脱いで袖を腰に巻いたりもしますよ」。
つなぎ服は作業着としてだけでなく、水谷さんにとって日常に寄り添う「相棒」そのものだ。

平日は会社員として働き、土日には鈴鹿サーキットで「コースオフィシャル」として旗を振る。
矢野さんは、この生活を10年以上続けている。「最初は観客としてレースを観に来ていました。コース上でオレンジ色のつなぎを着て働く人たちを見かけて、てっきりサーキットのスタッフだと思っていたんです。でも、ある時、当時の職場でオフィシャル活動をしている方に誘われて。彼らがボランティアだと知って驚きました」。それがきっかけで、矢野さんはコースオフィシャルの一員となった。「やっぱりレースが好きなんですよね。この活動を通じて、車やバイクが好きな仲間も増えたし、何よりここで過ごす時間が楽しいから続けられているんだと思います」。観る側から「支える側」へ。旗を振り、コースを守るその姿には、レースへの情熱と責任感が静かに宿っている。

矢野さんが担当するのは「コースオフィシャル」というセクション。レースの舞台裏で、鈴鹿サーキットを支える重要な役割だ。コースサイドに立つポストから、旗を振ってドライバーやライダーにコースの状況を伝える。クラッシュがあれば、迅速にコースへ入り、マシンの撤去やドライバーやライダーの安全確認を行う。1つ1つの判断が、レースの安全とスムーズな進行に直結する現場だ。
「自分たちもレースを一緒に作っている感覚があるんです。旗を振るその瞬間も、レースを止めずに支える責任がある。だからこそ、終わった時には不思議な達成感がありますね」と矢野さんは語る。
オレンジ色のつなぎ服をまとい、ポケットに笛や塩飴を忍ばせ、暑さや疲労とも向き合いながら任務を全うする。「作業着に袖を通すと気持ちが切り替わる。コースオフィシャルとして、安全を守る一員として立つスイッチになるんです」。

「つなぎ服は、安全のためにも色が大事。だから、洗濯は必ず裏返して日陰干し。色落ちしないように気をつけています」。矢野さんは、コースオフィシャルとしてサーキットに立つ自分の姿にも気を配る。「観客の方に見られる仕事ですし、実際にサーキットを歩いていると、お子さんに声をかけられることもありますからね」。インナーにはオレンジや白のTシャツを合わせ、動きやすくシルエットが綺麗に見えるサイズ感を選ぶ。「なるべく爽やかに見えるように気をつけています」と語ってくれた。

鈴鹿サーキットでオフィシャル管理を担当する山下さん。入社19年目のベテラン社員だ。遊園地勤務からキャリアをスタートし、10年前にモータースポーツ課へ異動した。マーシャルカーの運転、管制室での無線オペレーターなど、現場でのさまざまな役割を経験し、今では大所帯のオフィシャルを束ねる立場にある。
「レース運営には大元のルールがありますが、国内と海外のレースでは安全に対する考え方に違いがあるんです。例えば、国内では現状維持で進められる場面でも、海外の競技団からは『レースを止めて安全第一で対応してくれ』と求められることもあります。その調整は苦労しますが、レース後にミーティングを重ねて、次に活かすようにしています」。目指すのは、何よりも無事に終わること。「怪我人も大きな事故もなく、レースが終わった時の安堵感と達成感は特別です。夏の鈴鹿8耐では、チェッカー後にスタンドのペンライトが揺れる光景を見るんです。あの瞬間は、やっぱり最高ですね」。

AUTO-BIブランドの「#5400」は、長年オフィシャルたちに寄り添ってきたロングセラーつなぎ服。しかし、腰の伸縮ゴム素材を供給していた素材メーカーの活動終了に伴い、やむにやまれず廃番が決定した時、山下さんは強い不安を感じたという。「オフィシャル活動にとって、つなぎ服は“当たり前”にあるものだったんです。だから廃番と聞いた時は本当にショックでした。『どうやって自分たちの身を守ればいいんだ』って、正直、悲しくなりましたね」。
当初は後継品の「#24030」が商品化前という状況もあり、長年着用していた「#5400」が廃番になるという事実をオフィシャルたちに伝えることをためらった。
「強い反発があるだろうなと感じて、なんとか隠せないかな……なんて思ったほどです(笑)。でも、後継品ができると聞いてからは慎重に伝えました。それくらい、山田辰さんのつなぎ服は、オフィシャルにとって欠かせない存在なんです」。
山田辰は永年愛された「#5400」に使用されていた腰の伸縮ゴム素材に代わる新機能「WAISTα」を開発。「WAISTα」を搭載した「#24030」を「#5400」の後継モデルとして発売した。オフィシャルたちのユニフォームは順次「#24030」に切り替わっていく予定だ。

後輩も増え、いつの間にか上の立場になり、パソコンに向かう事務仕事も増えた。それでも山下さんは、つなぎ服を着て現場に立つ時間が好きだと語る。「モータースポーツ課でつなぎを着るということは、現場の最前線で働いている証拠なんです。自分にとって、働くっていうのは“汗水流すこと”かなと思っていて。働くことの対価は、お金だったり、楽しさだったり色々ありますけど、やっぱり体を動かしている方が好きなんですよね。つなぎを着て、現場で仕事をしている時こそ、“働いている”っていう実感が湧くし、それが自分にとって一番の働く喜びなんだと思います」。

旗を振り、無線をつなぎ、コースを守る――それぞれの役割を黙々と確実に果たしながら、彼らはドライバーやライダーの安全を守り、レースそのものを支えている。「怪我人もなく、トラブルもなく、無事に終わること」。彼らが口を揃えて語る言葉には、責任感と静かな自信がにじむ。何事もない1日をつくるために、オレンジのつなぎ服をまとい、現場に立つ。その姿があるからこそ、鈴鹿サーキットのレースは世界から信頼され、愛され続けている。

FIN.